「カゲ!なあ、手繋いで良いか?」
「カゲ!なあ、ハグして良いか?」
「カゲ」
「カゲ!」
「カゲ〜!」
「あ゛ーっ、五月蝿え!!」
学校にいる間中自身を取り巻く声と感情に我慢できず、教室で昼食をとっている最中、とうとう影浦が吠えた。その怒号に、談笑ムードだった教室中が静まり返る。そして実際にその怒号を向けられた男、名字名前も、驚いたように目を見開いていた。だが直後、眉が徐々に下がっていく。最後には、完全に八の字になってしまった。
「嫌だったか?ごめん…」
しゅん、と分かりやすく項垂れる名前。あるはずが無いのに、垂れ下がった獣の耳までが見えるようだった。そのあからさまな落ち込みように、おもわずう、と喉の奥から詰まったような音を鳴らす影浦。小さく舌打ちをして、ガシガシと頭を掻いた。
影浦は本当は分かっていた。この男には、一切の悪気が無いのだ。普段全身に柔く刺さる愛好の感情も、今撫でるように肌を滑って行く申し訳ないと思う陳謝の思いも。その全てが、この男の何処までも真っ直ぐな気質を示している。晴れ渡る青空のように爽やかで、生み出す感情全てに一切の不純物を持たない人間。それが、影浦の知る名字名前という男だった。
だから、先程までのしつこいという一言で片付けられる度を超えている付き纏いも。彼の中では、ただ好意を形にしているに過ぎない。だから、余計に厄介だった。
「あーあ、名前くん凹んじゃったー」
「ヒドーイ、影浦くん」
「五月蝿え外野!!」
巫山戯たように女子の真似事をする、共に昼食をとっていた水上と穂苅。それに対して、またもや吠える影浦。その横では、未だに影浦に怒られたと思いがっくりと肩を落とす名前の姿がある。なんだか、これではまるで自分が悪いようでは無いか。と、バツの悪い思いを抱ざるを得なかった。
影浦は大きく息を吐き、名前の右肩を軽く殴る。
「……別に、嫌とは言ってねえだろ」
「!」
ぼそりと呟いた言葉。だが、当然それをこの男が聞き逃すはずが無い。一気に顔を上げ、目を煌めかせる名前。しまった、と影浦が後悔しても、それは後の祭りでしかなかった。一瞬で椅子から立ち上がり、影浦に抱きつく名前。
「カゲ、大好きだ〜!!」
「だーっ、くっついて良いとも言ってねえ!!」
そんないつもの光景を見ながら、友人達は思い思いの反応を見せながら昼食をとっていた。
「仲がいいな、相変わらず。名前とカゲは」
「ちょっと羨ましいな、はは」
「妬けるぜ、名前〜。俺ももっと愛してくれよ」
「駄目だよ、俺の愛はカゲ限定なんだから!」
「おーおー、お熱いなあ。暑苦しくて敵わんわ」
「みんぐも混ざる?ま、駄目だけど!」
「え?俺なんで今フラれたん?」
仲間達と共に、軽口を交わし合う名前。その表情は、普段と同じように太陽のように明るい。その光が、仲間達の、名前が関わるすべての人間に対しての灯火となり得る事を、影浦は誰よりも理解していた。名字名前には、人を惹き寄せる力がある。彼を知っている人間ならば、誰もが頷く事実だ。そんな彼には、誰も知らない一面がある事を、影浦だけが知っていた。
昼食をとり終え、各自が自身の教室へ戻ろうと席を立つ。名前が教室を出ようとドアまで行くと、思い出したように声を出した。
「あ!そうだ」
言葉を発しながら、影浦の方へと振り向いた。
「カゲ!」
普段のように人懐こい笑みを浮かべながら、名前が駆け寄ってくる。名前が何を言おうとしているのか、影浦は内心なんとなく予想がついた。
「今日の夜な!」
「…おー」
それだけ言って、名前はいつものように嬉しそうに笑い、同じクラスへ戻る当真の方へ走っていった。何気ない一言。その真意に気付いているのは、影浦だけだ。未来の自分がどうなっているかの予測が脳裏に浮かび、じくりと下腹部が疼いた。
「雅人」
熱を持った声で呼ばれる自分の名前。
「っぉ゛、ぁあ゛、ひ…っ」
影浦の中をこじ開け、奥深くまで入った陰茎は、肉壁の収縮によってその硬さを更に増した。その陰茎が少しでも動く度に、前立腺をごりごりと刺激され、視界が白むほどの快感が襲ってくる。中の刺激だけで半勃ちになっている影浦の陰茎は、物欲しそうにカウパーを垂れ流し、先をひくつかせた。まだ碌に動かれてもいないのにこんな状態になってしまう自分の身体は、完全に作り替えられてしまっているのだと快感の外にある僅かな理性で考える影浦。だが、それが嫌ではないのが問題だった。
「な、キスしたい」
影浦の身体をこんな風にした張本人、目の前で自分を組み敷いている名前は、そう言いながら口元に笑みを浮かべた。だがその双眸は、口元の笑みとはあまりにもアンバランスな程にギラついている。今影浦を組み敷いているのは、人懐こい人畜無害な同級生では無い。唯の、一人の雄だった。
影浦が名前のこの顔を知ったのは、友人としてではなく恋愛対象として見ている、と告白されてから幾許も経たない頃の話だった。自分を抱く男が、普段とは余りにもかけ離れた様子を見せるものだから。気がつけば影浦は、名字名前という深みにどんどん嵌っていってしまっていた。太陽の下では、自分が全てを照らさんとばかりに輝いているこの男が、夜の帳が下りた中では、あまりに鋭い双眸でそれとは不釣り合いな程に甘く囁いてくるものだから。サイドエフェクトなんて無くても、影浦の肌を滑る名前の全てが自分に対して愛おしいと柔らかく伝えてくるものだから。影浦は、名前という人間に溺れて死んでしまいそうだった。
「ぁ゛っ、ん゛、ぅ〜っ、…っ!」
自分の口からあられも無い声が勝手に出る事に耐えられず、必死に歯を食い縛り耐えようとする。だが、それを見越した名前が噛み付くようにキスをした。生温い舌が口内に侵入してくる。自分の鋭い歯が名前の舌を傷つけてしまうのでは無いか、と恐れた影浦は、身を捩って抵抗しようとしたが、行為で疲弊した身体は簡単に押さえつけられてしまう。鋭い歯列を舌でこじ開け、そっと舌同士を絡ませる名前。唾液が混じり合う音が、鮮明に互いの鼓膜に届く。舌を柔く吸われるのと同時に、名前の陰茎を自身の肉の輪がきつく締め上げてしまっているのが痛いほど分かってしまった。名前が口を離すと同時に、お互いの口元に糸が伝う。名前が口元で艶めかしく光る唾液を舐めとる仕草を見て、影浦は肩で息をしながらまた下腹部がじくりと疼くのを感じた。
「声、我慢しないで」
名前が言い終えると同時に、再び律動を再開する。全身の神経が過敏になり、名前の額から自身の腹部に垂れる汗の一粒一粒の存在すら鮮明に感じ取れた。影浦の全てを知っている、とでも誇示するかのように、影浦の中を的確に責め立てていく名前。名前の硬くなった陰茎が前立腺を擦る度に、影浦は弱点である筈の喉元を晒しながら、与えられる快感を只々享受する事しか出来なかった。全てが熱い。抉られている肉壁が、抉じ開けられている後孔が、こちら側がやり切れない程真っ直ぐな感情に灼かれる全身が、今この男に暴かれている全てが。その熱が、どうしようもなく愛おしい。
「雅人の全部が見たい」
そんな事を言わなくとも、既に自分の全ては今、この男に委ねられている。それを分かっていないのか、それとも分かっていっているのか。鋭かった双眸が、自分と目が合うだけで弧を描き、愛おしいと伝えてくる。名前にも、自分のようにサイドエフェクトがあれば良かった。そうすれば、わざわざ名前のように分かりやすい性格じゃなくても、何も言葉にせずとも、自分のこの感情が伝わっただろうから。煩わしいだけのはずのこの特性に対して、そう思わせられる程に、影浦はもう、目の前の男の事しか考えられなかった。
「大丈夫だよ」
影浦の愛は、そう言った。
「愛してる、雅人」